【精索静脈瘤の手術体験談4】術前検査~手術前日|手術失敗のリスク

【精索静脈瘤の手術体験談3】2回目の再検査|顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術の申し込みの続きです。

 

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術前検査

手術の日が近づいてくるにつれ、時々、ふと恐怖を感じることがあった。

こういうときは、「今考えても仕方がない」と自分に言い聞かせ、意識的に深く考えないようにしていた。むしろ、これで俺もまともな精子を作れるようになるかもしれないのだ!とポジティブに考えるように努めた…

 

そして、術前検査の日がやってきた。

やることは全く特別なことではなかった。血液を採り、心電図を調べ、胸部のレントゲンを撮るだけ。

その後、医者から手術の方法やリスクについて、既に聞いたことがある話を聞いた。

一通り説明を聞いた後、私はニュートラルな気持ちで「それでは、当日はよろしくお願いします」と言った。

すると医者は「頑張りましょう」と返してきた。

これを聞いてゾクッとした。「そうか、自分は大の大人が頑張らなければならないようなことをするのか」ということに気が付いたのだ。

それまではなんとなく、手術も仕事の上での一つのタスクのようなものだと考えていたのだが、そうではなかったのだ。

手術のリスク・失敗・副作用について考える

これをきっかけに、初めて手術のリスクのことを真剣に考えたり調べたりし始めた。

カーネギーの本に「不安を克服するには最悪の場合どんなことが起こりえるかを明確にし、それを受け入れよ」とある。10年以上前に読んだ本だが、これはその通りだと思う。

この手順は読んでからずっと実行していて、今回の手術でもそうした。

医者に説明された手術のリスク(手術に伴う合併症という言い方をされた)は8つ。

  1. 術後、創から陰嚢が1週間痛み、陰嚢が一時的に腫れることがある
  2. 陰嚢内に水が溜まることがある(確立は1%以下)
  3. 術後しばらくしてから出血することがある
  4. 創が感染を起こし、開くことがある
  5. 有痛性静脈瘤の手術では術後も疼痛が残ることがある
  6. 術後も静脈瘤が再発することがある(確立は5%)
  7. 寒栓症、深部静脈血栓症という、あらゆる手術に共通するエコノミークラス症候群のような合併症が起こる可能性がある
  8. 非常に稀だが、術後に精巣が萎縮する可能性があり、それが原因で男性ホルモンが低くなれば注射で補充する必要がある

これらの手術のリスクについて最も気がかりだったのは「精巣が委縮するかもしれない」というものだった。

こうなってしまえば、もはや子供は絶望的だし、体内のホルモンバランスも崩れてしまう。精巣は精子だけでなく男性ホルモンを作る器官でもあるからだ。

そのため、男性ホルモンを注射し続ける生活になる。

可能性は限りなく0に近い(注1)とはいえ、正直これはかなり怖い。

何度もこうなってしまった未来が頭をよぎった。

しかし、それでも私に手術をしない選択肢はなかった。手術をしなければ、ほぼ確実に子供はできないのだ。これは私にとって許容できないことだった。

 

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生き物としての観点からヒトをみた場合、人生の目的はとてもシンプルだ。それは繁殖に他ならない。この観点に立った時「どうしたら幸せになるか」という問いに関する答えも明白だ。それは子供を作ることだ。

なぜなら「幸せ」という情動は私たちの祖先が繁殖に有利な状況になったときに感じるように慎重にバグが取り除かれながらプログラムされ続けてきた形質だからだ。

繁殖と関係ないところで「幸せ」を感じる個体は、進化のプロセスで淘汰され(子孫を残せないのだから)、繁殖にポジティブなことがあったときに「幸せ」を感じる個体が選抜されていく。

だから、私たちは繁殖と密接に関係する「出産・子供の独立」などの場面で最高の「幸せ」を感じるように出来ているはずなのだ。

私たちはあくまで生き物だ。いくら高尚な存在意義を叫ぼうと、数十億年もの間、祖先たちの「繁殖」によって脈々と続いてきた地球生物の系統の末端にいるに過ぎない。

この大いなる系統の中に自分の痕跡を残そうと思ったら、自分も繁殖するしかないのだ。

 

手術のリスクを考えて気が滅入るたびに、このシンプルで強力な事実を自分に言い聞かせた(注2)。

精巣の委縮…これ以外のリスクは大して私を動揺させなかった。

「手術をしたからといって、必ずしも症状が改善するとは限らない」(静脈瘤の再発)というのは、どうでもよかった。望みのある手があるなら、これを打たない手はないのだ。

おまけにリスクはかなり低い。陰嚢に水が溜まることがあるというのも、やはりどうでもよい。そうなったら、また手術をするだけだ。

血栓ができてそれが心臓や肺に詰まるかもしれない、というのもどんな手術でも起こるリスクだ。これで死んだらそれはもはや運命だろうと開き直ることができた。

 

手術の5日くらい前になって、少しずつ当日の段取りのことが気になり始めた。仕事が手につかなくなったらスマホで情報を集めたりして、当日の段取りのイメージをつかんだ。

そして、そのイメージをことあるごとに頭の中で流した。当日、なるべく動揺したくないのだ。

私が動揺していても手術は問題なく進むのだろうが、私はそういうのが嫌な性分である。できれば、心穏やかに手術時間を過ごしたかった。

日帰りとはいえ手術は手術。小さいとは言え、その日に人生が終わる可能性がある。なので、書きかけの論文はなんとしてもその日までに投稿しようと決めていた。リバイズを要求されたら、私が死んでも共著者の誰かがやってくれるだろう。リジェクトだったら…ええい、この世に対する私の最後っ屁だ!

 

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(注1)精巣の委縮は、重要な動脈を切断してしまい、精巣に血が通わなくなることで起こるらしい。これは、顕微鏡を使わず静脈瘤の上流にある太い大本の血管を縛る手術をしていたころにみられた副作用のようだ。最近の手術は原則として顕微鏡を使って静脈瘤そのものの細い血管を切るので、こんなことが起こる可能性は本当に低いらしい。ただ、理論上は起こり得るので手術前の説明ではリスクとして挙げる必要があるようだ。

(注2)当然、最終的に子供ができなかったらどうするかも考えた。もちろん、すべきことは絶望ではない。その場合は、妻と二人で仕事に生きようと心に決めていた。子宝に恵まれたとしてもそうする所存なのだが、より徹底してそうしようと決めた。子孫を残せない代わりに不滅の思考体系を残してやろうというわけだ。真理に近い発見ができれば、到底人の手では覆せない不滅の記録として(小さくとも)人類史に刻まれる。まんまドーキンスの言うミームの概念だが、この考えはドーキンスを読む前から自分の中にあった。要するに、子供ができなかった場合でも絶望に蝕まれないよう、予防線を張っていたのだ。このブログは手術後に公開したが、現にまだ子供は授かれていないので、この予防線には大いに救われている。

 

【精索静脈瘤の手術体験談5】手術前日~手術当日①|支払い・手術準備・点滴に続きます。

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